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最高裁判所第二小法廷 平成4年(あ)6号 決定 1995年6月21日

国籍

韓国(全羅南道務安郡夢灘面沙川里五一〇)

住居

大阪府八尾市西山本町四丁目三番一五号

金融業

安充煥

一九二五年四月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成三年一一月二二日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人豊島時夫の上告趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

所論は、本件は犯罪後の法律により刑の変更があったときに当たるから刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの。以下同じ。)六条を適用すべきであると主張するので、この点につき職権により判断する。

所得税法二三八条二項は、免れた所得税の額が五〇〇万円を超える場合、情状により、同条一項の罪の罰金は、五〇〇万円を超えその免れた所得税の額に相当する金額以下とすることができる旨規定しており、確定所得申告に係る所得税につき免れた所得税の額が右罰金額の上限とされている。そして、昭和六三年法律第一〇九号「所得税法等の一部を改正する法律」(以下「改正法」という。)により所得税法、租税特別措置法について所論指摘の税率等の改正が行われたが、改正法附則二条、三条によれば、改正法施行後においても、本件各犯行年分である昭和六一年分、同六二年分の確定所得申告に係る所得税の額は各犯行時において適用された所得税法により計算すべきことが明らかであるから、その計算方法に基づいて算出された免れた所得税の額が所得税法二三八条二項所定の「免れた所得税の額」として前示罰金額の上限となるものである。したがって、本件は犯罪後の法律により刑の変更があった場合には当たらないから、刑法六条を適用すべきものではないとした原判断は正当である。所論は、独自の見解であって採用することができない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治)

平成四年(あ)第六号

○上告趣意書

所得税法違反 被告人 安充換

右被告人にかかる頭書被告事件についての弁護人の上告趣意の要旨は左記のとおりであります。

平成四年二月二〇日

右被告人弁護人

弁護士 豊島時夫

最高裁判所第二小法廷 御中

原判決は、弁護人の本件事犯については刑法第六条を適用すべきである旨の主張並びに量刑不当の主張に対し、税法の解釈適用を誤り、ひいて憲法八四条に違反している上、罰金刑は重きに失し、最高裁判所の判例及び憲法三一条に違反している。

第一 刑法六条適用に関する原判決の判示内容

控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

論旨は、要するに、原判決は、判示各罪の罰金刑につき、単純に犯行当時の所得税法により算定した脱税額をもとにして同法二三八条二項を適用しているが、同条項は、脱税額が五〇〇万円をこえる場合には、罰金額の上限を脱税の額まで引き上げる旨規定しているのであるから、その基礎となる税額に変更をきたす法律の改正があったときは、刑法六条にいう刑の変更があったことになるところ、本件各犯行において秘匿した所得の殆どは株式等の譲渡所得等であって、本件各犯行後に施行された昭和六三年法律第一〇九号「所得税法等の一部を改正する法律」(以下、「改正法」という。)によれば、本件各犯行の脱税額は、原判決が認定した犯行当時の所得税法による脱税額よりも大幅に減少することになり、改正法には所得税法の罰則の適用についての経過規定がないから、本件では同法二三八条二項の適用に当たっては刑法六条を適用すべきであり、この点で原判決には法令適用の誤りがあって、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

よって検討するに、本件各犯行で秘匿した所得の殆どが株式等の譲渡所得等であることは記録上明らかであり、改正法によれば、本件各犯行の脱税額は、犯行当時の所得税法による脱税額よりも減少することは、所論のとおりであるが、改正法の附則二条によると、改正法による改正後の所得税法の規定は、昭和六四年(平成元年)分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税についてはなお従前の例によるとされており、また、改正法により株式等の譲渡所得等の課税について設けられた租税特別措置法三七条の一〇(株式等に係る譲渡所得等の課税の特例)及び三七条の一一(上場株式等に係る譲渡所得等の源泉分離選択課税)の規定も、昭和六四年(平成元年)四月一日以後の取引に関してのものであるから、本件各犯行年分の所得税額の算定は、改正法による改正前の所得税法によることになり、本件では所得税法二三八条二項の適用において所論のいう刑の変更の問題は生じないのであって、原判決に所論のいうような法令適用の誤りはない。したがって、本論旨は理由がない。

第二 原判決の法令解釈の誤りについて

原判決の言う改正法附則二条、租税特別措置法三七条の一〇及び三七条の一一の規定(以下「措置法」という)の字句は、原判決摘示のとおりである。

しかし、右各規定故に刑法六条が適用さるべきものである。

すなわち、改正法附則二条により、本件事犯対象年度の所得税については従前の例によるのであるから、改正前の規定が適用され、高額の所得税が課税される。

同附則には、それ以上のこと、すなわち刑罰適用に関する事項は規定されていない。

一方措置法の右規定により、平成元年四月一日以後の取引については同法条の規定が適用される結果、被告人の所得税については改正前の所得税額よりも改正後の所得税の方が軽減されることになることは原判決も認めるところである。

株式等譲渡による所得税課税規定は右改正法により削除されたが、同時にこれに代る右措置法が制定されたから構成要件としては継続していると見られるのである。

したがって、本件事犯後の法律により、株式等の譲渡による所得については、税額が減少し、ひいて刑の軽減があったのであるから、行為時の罰則と裁判時の罰則との間に変更(軽減)があったことになり、そのいずれによるべきかという問題を生ずるのであって、刑法六条はこれを解決するために設けられたものである。

よって、本件事犯につき、旧規定の罰則を適用するためには、従来法改正の際規定されていた「刑罰の適用については従前の例による」旨の規定が必要となる。

改正法附則には、二条の規定のみしかないからこそ、刑法六条の問題が生ずることを看過した原判決には、法令の解釈を誤り、ひいて憲法八四条に違反する誤りがある。(ポケット刑法その他文献参照)

第三 罰金刑は重きに失し、最高裁判所の判例及び憲法三一条に違反する。

昭和四五年九月一一日言渡しの第二小法廷判決は、「国税通則法六八条の重加算税のほかに刑罰を課しても、憲法三九条に違反しない」旨を判決要旨とする判決(最高裁判例集二四巻一〇号)であるが、同判決は同時に、弁護人の「昭和四〇年法律三三号による改正前の所得税法六九条に規定されている罰金刑は、甚だ高額であるが、別に重加算税が課せられるとなれば、両者の額を合算すれば、被告人は著しく過大な金額を国家に納付することになるから、右六九条は、刑罰は公正な刑罰であることを要求する憲法三一条に違反する」旨の主張に対し、「憲法三一条が所論のごとき事項を保証する規定であるかどうかは別にして、前述のごとく、罰金と重加算税とは、その趣旨、性質を異にするものであり、そして、所論改正前の所得税法六九条の罰金刑は、同条にその寡額の定めがなく、情状により、比較的軽く量定されることもありうるのであるから、同条の罰金刑の規定自体が著しく重いということはできない。それゆえ、違憲の論旨は、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。」旨判示している。

現行の所得税法二三八条の罰金刑に寡額の定めがないことは判示の所得税法六九条と同様である。また、多額についての規定も現行法と同様である。右最高裁判決は、要するに罰金刑の金額が高額である場合には税法罰則規定は違憲となることを前提として、「比較的軽く量定されることもありうるのであるから」違憲ではないと言うのである。

ところで、本件は、起訴状によると被告人の昭和六一年分の実際所得額は一七四、九八三、八四三円であるのに対し、税務当局の納税証明書によると、同年分の本税は一七六、五〇五、七〇〇円、重加算税は五二、九七四、〇〇〇円で、その合計は二二九、四五二、七〇〇円であり、同六二年分の実際所得額は二〇二、九一七、五七六円であるのに対し、同年分の本税は一七九、〇二五、四〇〇円、重加算税は六二、二七二、〇〇〇円で、その合計は二四一、二九七、四〇〇円である。

本税、加算税だけで優に実際所得額を超えているのは、当時の所得税の最高税率が高きに失したためではあるが、これに加えて罰金五〇、〇〇〇、〇〇〇円を課すことは被告人に著しく過大な負担を与えるものというべく、右最高裁判例に違反し、憲法三一条に違反するものである。

第四 よって、原判決は、いずれの点からするもこれを破棄すべきであり更に適正な判決を求めるため上告に及んだ次第である。

以上

平成四年(あ)第六号

上告趣意書補充書

所得税法違反 被告人 安充煥

右被告人にかかる頭書被告事件について先に提出した弁護人の上告趣意書を左記のとおり訂正、補充します。

平成四年七月七日

右被告人弁護人

弁護士 豊島時夫

最高裁判所第二小法廷 御中

弁護人は先の上告趣意書において、原判決が本件事犯について刑法第六条を適用しなかったのは税法の解釈適用を誤った違法がある旨主張したが、右主張中上告趣意書第二の全部を次のとおり改める。

第二 原判決の法令解釈の誤りについて

一 原判決の言う改正法附則二条、租税特別措置法三七条の一〇及び三七条の一一の規定(以下「措置法」という)の内容は、原判決摘示のとおりである。

二 しかしながら、

1 改正法の附則二条は

(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)の見出しの下に

「この附則に別段の定めがあるものを除き、第一条の規定による改正後の所得税法(以下「新所得税法」という。)の規定は、昭和六四年分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」

というものであって、「別段の定めがあるものを除く」旨規定されているところ、

2 同附則三条は

(非課税所得に関する経過措置)の見出しの下に

「新所得税法第九条第一項第十一号から第十七号まで及び第二項の規定は、昭和六十四年四月一日以後に行われる同条第一項第十一号に掲げるオープン型の証券投資信託の収益の分配、同項第十二号に掲げる給付、同項第十三号に掲げる年金若しくは金品の交付、同項第十四号に掲げる金品の給付、同項第十五号に掲げるものの相続、遺贈若しくは贈与、同項第十六号に掲げる保険金及び損害賠償金の支払若しくは同項第十七号に掲げる金銭、物品その他の財産上の利益の取得に係る同項第十一号から第十七号までに掲げる所得又は同条第二項各号に掲げる不足額について適用し、同年三月三十一日以前に行われた第一条の規定による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という。)第九条第一項第十一号に規定する有価証券の譲渡、同項第十三号に規定する証券投資信託の終了若しくは証券投資信託の一部の解約、同項第十四号に規定する法人の資本若しくは出資の減少、株式の償却若しくはその法人からの退社若しくは脱退、同項第十五号に規定する内国法人の解散若しくは同項第十六号に規定する内国法人の合併に係る同項第十一号若しくは第十三号から第十六号までに掲げる所得又は同条第二項第三号から第七号までに掲げる不足額については、なお従前の例による。」

というものであって、

3 これを有価証券の譲渡について要約すると「昭和六四年(平成元年)三月三一日以前に行われた第一条の規定による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という)第九条第一項第一一号に規定する有価証券の譲渡に係る同号に掲げる所得…については、なお従前の例による」旨規定され、右附則三条は右附則二条に言う「別段の定め」に当たるから、旧所得税法九条一項一一号の規定については附則三条が適用されると解される。

三 原判決は、改正法附則二条(三条の誤りと思料する)、措置法三七条の一〇、同条の一一の規定によって、刑の変更の問題を生じない旨判示する。

しかし、右各規定故に刑法六条が適用さるべきものである。

すなわち、改正法附則三条により、本件事犯対象年度の所得(附則三条に挙示された諸規定はいずれも非課税所得に関するものであるから、所得税とせず、所得と規定されたものと思料する)については従前の例によるのであるから、改正前の所得算定規定が適用され、高額の所得ひいて高額の所得税が課税される。

同附則には、所得についての経過規定はあるが、それ以外のこと、すなわち刑罰適用に関する事項は規定されていない。

一方措置法の右規定により、平成元年四月一日以後の取引については同法条の規定が適用される結果、被告人の所得税については改正前の所得税額よりも改正後の所得税の方が軽減されることになることは原判決も認めるところである。

株式等譲渡による所得税課税規定は右改正法一条により所得税法から削除されたが、同時にこれに代る右措置法が制定されたから構成要件としては継続していると見られるのである。

したがって、本件事犯後の法律により、株式等の譲渡による所得については、税額が減少し、ひいて刑の変更(軽減)があったのであるから、行為時の罰則と裁判時の罰則との間に変更(軽減)があったことになり、そのいずれによるべきかという問題を生ずるのであって、刑法六条はこれを解決するために設けられたものである。

本件事犯につき、旧規定の罰則を適用するためには、従来の法改正の際規定されていた「刑罰の適用については従前の例による」旨の規定が必要となる。

改正法附則には二条、三条の規定のみしかないからこそ、刑法六条の問題が生ずることを看過した原判決には、法令の解釈を誤り、ひいて憲法八四条に違反する誤りがある。

四1 ところで、昭和七年四月一日の大審院判例(大審院刑事判例集一一巻一三号三一八頁によると、織物消費税法違反被告事件に関する判決要旨として

「昭和六年法律第四十九号附則ニ基キ改正前ノ税率ニ依リ織物消費税ヲ基礎トシテ罰金額ヲ算定スヘキモノニシテ刑法第六条ヲ適用スヘキモノニ非ス」

なる要旨が掲げられている。

2 そして右判例集には参照法令として右昭和六年法律第四九号附則二項が抄記されているところ、それには「左ニ掲クル織物又ハ之ヲ以テ製造シタル物品ニ付テハ仍従前ノ例ニ依ル

一 本法施行前消費税ヲ課スヘカリシモノ(以下略ス)」

旨抄記されている。

3 右附則二項によると、従前の例に依るのは「本法施行前に消費税を課すべかりし織物又は之をもって製造したる物品」についてであると解される。

そうだとすると、改正前の規定が適用されるのは、広く織物などの物品に関するすべての規定、すなわち罰則も含むものであって、織物消費税のみではないことになるから、刑法六条を適用すべき場合に当たらないのは当然ということになる。

五1 一方、昭和六三年法一〇九号には、前記のとおり、附則三条において、有価証券(株式等)の譲渡に関し従前の例による旨規定されているのは、その所得についてのみであることが明示されている。

このことは改正に伴う経過措置の原則規定である同附則二条に「昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による」とされているのと符合する。

2 いつから変ったのかは不明であるが、戦後所得税額の変更を伴う法改正があった場合は、これまで、その都度附則の始めに経過規定の原則が規定されているところ、右経過規定はいずれも「所得税」について規定され、罰則の経過規定は附則の最後のあたりに規定されている。

(一) 例えば、昭和三八年法六六号による所得税法の改正の際はその第三条に

(経過規定の原則)との見出しの下に

「この附則において別段の定めがあるものを除くほか、改正後の所得税法(以下「新法」という。)の規定は、昭和三十八年分以後の所得税について適用し、昭和三十七年分以前の所得税については、なお従前の例による」

旨規定され

その第一二条に

(罰則に係る経過規定)との見出しの下に

「この法律の施行前にした行為及びこの附則の規定により従前の例によることとされる旧国民貯蓄組合法の規定に基づく貯蓄に係るこの法律の施行後にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による」

旨規定され、

(二) また、昭和五六年法五四号による所得税法の改正の際はその第二項に

(経過規定の原則)との見出しの下に

「この附則に別段の定めがあるものを除き、改正後の所得税法(以下「新法」という。)の規定は、昭和四十年分以後の所得税について適用し、昭和三十九年以前の所得税については、なお従前の規定による。」

旨規定され

その第三五条に

(罰則に関する経過規定)との見出しの下に

「施行日前にした行為及びこの規則の規定によりなお従前の例によることとされる所得税に係る同日以後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」

旨規定され、

(三) また、昭和六二年法九六号による所得税法の改正の際はその第二条に

(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)との見出しの下に「この附則に定めがあるものを除き、第二条の規定による改正後の所得税法(以下「新所得税法」という。)の規定は、昭和六十二年分以後の所得税について適用し、昭和六十一年分以前の所得税については、なお従前の例による。」

旨規定され

その第二八条に

(所得税法の一部改正に伴う罰則に関する経過措置)との見出しの下に

「第二条の規定の施行前にした行為及びこの附則の規定によりなお従前の例によることとされる所得税に係る同条の規定の施行後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。」

旨規定されている。

(四) 従来、所得税法はもとより、各税法において、刑罰規定そのものに変更がない場合でも、税額に影響を及ぼす場合には、前記のとおり必ず「刑罰の適用については従前の例による」旨のいわゆる経過規定をおいていた。

右法一〇九号においても、罰則にかかる経過措置として、附則四五条において酒税法に関し、同五三条においてたばこ税(旧たばこ消費税)に関し、同第五六条において石油税に関し、同第五八条において取引所税に関し、同第六一条において印紙税に関し、同七七条三項において物品税に関し、同七八条三項において砂糖消費税に関し、同七九条二項において印紙税に関して、同様経過規定がおかれており、そのほか同八八条、同九七条、同一〇三条も同様である。

(五) 以上のほか、総所得金額に対する最高税率が、昭和六一年まで七〇パーセント、同六二年は六〇パーセントであったものが、昭和六三年法一〇九号によって、五〇パーセントに改正されている。有価証券の譲渡に関する法の廃止、新設があり、右譲渡に伴う所得、ひいて所得税額が減少にもかかわらず、罰則の適用についての経過規定を欠いたのは立法者において、ことさら経過規定をおかず、刑法六条を適用すべき事案と判断したか、立法の不備と考えるほかはない。

このような場合には、無理な解釈などによって法の規定を正当化することなく正当な処理をすべきものと信ずる。

以上

平成四年(あ)第六号

上告趣意書補充書(二)

所得税法違反 被告人 安充煥

右被告人にかかる頭書被告事件について先に提出した弁護人の上告趣意書及び上告趣意書補充書を左記のとおり補充、訂正します。

平成七年一月六日

右被告人弁護人

弁護士 豊島時夫

最高裁判所第二小法廷 御中

弁護人は先の上告趣意書において、原判決が本件事犯について刑法第六条を適用しなかったのは税法の解釈適用を誤った違法がある旨主張し、ついで平成四年七月付け上告趣意書補充書をもって、右主張中上告趣意書第二の記載の全部を改めたが、記載内容の整理、補充のため、右補充書(第二の記載)の記載の全部を更に次のとおり改める。

第二 原判決の法令解釈の誤りについて

一 原判決の言う改正法附則二条、租税特別措置法三七条の一〇及び三七条の一一の規定(以下「措置法」という)の内容は、原判決摘示のとおりである。

(第二)

二 原判決は、改正法附則二条(二条及び三条の誤りと思料する)、租税特別措置法(以下「措置法」という)三七条の一〇、同条の一一の規定によって、刑の変更を生じない旨判示する。

しかし、右法一〇九号による改正においては、所得税についていわゆる罰則の経過規定を欠くから、原判決の説示は是認できない。

以下、まず従来の刑変更の際の規定上明らかである刑法六条適用の必要性を直截に述べ、ついで、その理由を順を追って記述する。

1 従来の刑変更の際の規定上明らかである刑法六条適用の必要性

(一)(1) 直接税、本件では所得税法であるが、同法において従来罰則(刑罰)そのものに変更があったときは、常に、いわゆる罰則についての経過規定をおいていることは公知の事実である。

(2) 右経過規定があることによって、刑法六条の適用がないと解されてきたことも後記判例、通説の示すところである。

(二)(1) 税額の変更も刑の変更に当たることは後記のとおり、判例通説の示すところである。

(2) 昭和六三年法律(以下「法」という)一〇九号によって、所得税額は後記のとおり有価証券の譲渡益に関する法令の改廃、所得税法中税率の変更、基礎控除額等の変更により、従来より所得税額が著しく減少したことはその規定によって明白である。

(3) したがって右法一〇九号によって税額が従来より少なく変更したことになるから、刑(罰則)の変更があったことになる。

(三) しかるに、右法一〇九号には、右税額の減少変更についての罰則の経過規定がないから、刑法六条を適用して、税額の減少している裁判時の罰則を適用すべきものである。

(四) 所得税に関する経過規定と罰則に関する経過規定が別個のものであることは従来の例によって明白である。

(五) よって本件について刑法六条を適用すべきことは右理由のみによっても明白である。

2 本件各事犯はいずれも昭和六一年分及び同六二年分の確定申告時か、遅くとも確定申告期限に犯罪が成立するとともに完了しているところ、右法一〇九号は右犯罪完了後である同六三年一二月三〇日に公布されている。

3 右法一〇九号による所得税額減少

右法一〇九条は、

(一) (所得税法の一部改正)の部において少なくとも

その一条で

所得税法九条一項一一号(有価証券の譲渡による所得関係規定)を削り

同法八六条一項の基礎控除の金額が増額され、

同法八九条一項の表(税率表)を改めた(従来の五〇〇〇万円超の所得に対する最高税率六〇パーセントとあるのを、二〇〇〇万円超の所得に対する同税率五〇パーセントとするなど税率を下げた)。

(その他の改正部分は省略)

(二) (租税特別措置法の一部改正)の部において

同法三七条の一〇及び同一一を改正したが、その大要は、これまで原則非課税だった上場株式等の売却益に原則として課税することとするが、その課税方法や課税額は、特別の場合を除き(被告人の場合は特別の場合に当たるものはない)納税者が、源泉分離課税制度と申告分離課税制度を自由に選択することができ、源泉分離課税制度によることを証券会社に届出ておくと、現物株式を譲渡したときは、売却代金の一パーセント、転換社債を譲渡したときは売却代金の〇・五パーセントの各所得税、信用取引により利益を生じたときは、その利益の二〇パーセントの所得税を証券会社が源泉徴収することにより、納税者の納税義務は終了することになり、一方、申告分離課税制度をとりたい納税者は、確定申告をする際株式売買の利益に二〇パーセントの税率をかけたものを申告すればよく、他の所得と合算する必要がなくなった。

株式等売買で利益を生じているときは源泉分離課税制度を選択する方が個人納税者に有利なので、個人の株式等取引の場合は、ほとんどが源泉分離課税制度による旨の届出をしている(被告人もその届出をしている)ので、給与所得者と同じように否応もなく右所得税を源泉徴収され、脱税の余地はない。

(三) したがって、法一〇九号の改正前、株式等取引によって得た利益を雑所得として他の所得と総合課税されていた被告人を含む多額納税者の納税額は、法一〇九号の適用を受ける平成元年四月一日以降は従前に比較して大巾に低下し、平成元年以降の総所得金額に対する税額も著しく減少することとなった。

4 税額の改正は刑法六条にいう「刑の変更」に当たる。

所得税のほ脱税額は、所得税法二三八条二項により罰金の上限となる旨規定され、罰金額算定の基礎となるものであるから、税額の改正も刑の変更にあたることは確立した判例、学説である。

(一) 判例

(1) 大阪高等裁判所昭和二五年三月一八日判決(高裁刑特報一〇号四八頁)

証明器具の税率が犯罪時の一〇〇分の五〇から、裁判時までに一〇〇分の三〇に改められた物品税法違反事件につき「刑法第六条は一般的に犯罪後の法律によって刑の変更のあったときは軽きものを適用すべき旨命じており右税率が課税標準額の百分の五〇から百分の三〇に引下げられた以上、一応右法上にいわゆる刑の変更のあった場合ともいえる筋合がある」旨の判示部分がある。

(2) 大審院昭和七年四月一日判決(大審刑集一一巻三一八頁)

織物消費税の税率が昭和六年法四九号で、従来の織物価格の一〇〇分の一〇から一〇〇分の九に改正せられ、犯罪が改正前に行われ、裁判が右法律による改正後になされた事犯に関し、原審が「犯罪後の法律に因り刑の変更ありたる場合である」旨判示したのに対し、大審院判決は右判示そのものはこれを認めている。

(二) 参考学説

注釈刑法総則(1)三二頁

現代法律学全集25刑法総論莊子邦雄九四頁

法律による刑の変更は直接的か間接的かを問わない。

罰金額算定の基礎となる税額の改正も刑の変更である。

旨述べられている。

5 刑の変更があった場合、犯行時の刑罰を適用するためにはいわゆる罰則に関する経過規定を要する。

これも判例、通説の確定しているところである。

(一) 判例

(1) 最高裁判所昭和三二年一一月二七日判決(集一一巻一二号三一三頁)は「刑法六条は犯罪後の法律により刑の変更がなされた場合に適用のある規定であって、本件の如く右地方税法一五一条三項の如き規定を設け、特に、従前の行為に関する罰則の適用については、なお、従前の例によるものとした場合には、従前の行為に関する限り刑罰規定については何らの変更を見ないのであるから、刑法六条はその適用の余地がないものといわなければならない」旨判示している。裏返すと、いわゆる罰則の経過規定がないと刑法六条を適用しなければならないことを宣しているのである。

(2) 前記大阪高裁判決は「刑法六条は一般的に犯罪後の法律によって刑の変更のあったときは軽きものを適用すべき旨命じており右税率が課税標準額の百分の五〇から百分の三〇に引下げられた以上、一応右法条にいわゆる刑の変更のあった場合ともいえる筋合があるが右改正法附則第二項には『この法律施行前に課した若くは課すべきであった物品税についてはなお従前の例による』旨の規定があり、また同第二十一項においては『この法律による他の法律の改正前になしたる行為に関する罰則の適用についてはなお従前の例による』と規定している結果、前記刑法第六条の規定は自らその適用の余地なきに至ったものと介するのが相当である」旨判示している。

(二) 参考学説

前記注釈刑法三三頁に同旨の記載がある。

6 刑法六条の適用がある場合は新旧両法につき刑の比照をすべきであるとするのが最高裁判所の判例である。

(一) 最高裁判所昭和二四年一〇月一日判決(刑集三巻一〇号一六二九頁)

「罰金額につき変更があったので刑法六条に従い軽い行為時当時のものによる」とする判旨

(本件にまさに適用すべき判例である)

(二) 最高裁判所昭和二五年三月三一日判決(刑集四巻三号四六二頁)

「犯罪後罰金等臨時措置法によって法定刑が変更せられたときは、新旧両方の刑を比照すべきである」とする判旨

(三) 最高裁判所昭和二六年七月二〇日判決(刑集五巻八号一六〇四頁)

「犯罪後の法律により刑の変更があったのに、新旧両方につき刑の比照をせず、重いものを適用処断した判決は、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない」とする判旨

7 法一〇九号の附則には所得税法の罰則についての経過規定がない。

法一〇九号の規定を検討すると

(一) 法一〇九号の附則二条は

(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)の見出しの下に

「この附則に別段の定めがあるものを除き、第一条の規定による改正後の所得税法(以下「新所得税法」という。)の規定は、昭和六十四年分以後の所得税について適用し、昭和六十三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」

というものであって、右改正本文一条には税率の変更等税額を減少させる改正規定が規定されているが、「別段の定めがあるものを除く」旨規定されているところ

(二) 同附則三条は

(非課税所得に関する経過措置)の見出しの下に

「新所得税法第九条第一項第十一号から第十七号まで及び第二項の規定は、昭和六十四年四月一日以後に行われる同条第一項第十一号に掲げるオープン型の証券投資信託の収益の分配、同項第十二号に掲げる給付、同項第十三号に掲げる年金若しくは金品の公布、同項第十四号に掲げる金品の給付、同項第十五号に掲げるものの相続、遺贈若しくは贈与、同項第十六号に掲げる保険金及び損害賠償金の支払い若しくは同項第十七号に掲げる金銭、物品その他の財産上の利益の所得に係る同項第十一号から第十七号までに掲げる所得又は同条第二項各号に掲げる不足額について適用し、同年三月三十一日以前に行われた第一条の規定による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という。)第九条第一項第十一号に規定する有価証券の譲渡、同項第十三号に規定する証券投資信託の終了若しくは証券投資信託の一部の解約、同項第十四号に規定する法人の資本若しくは出資の減少、株式の償却若しくはその法人からの退社若しくは脱退、同項第十五号に規定する内国法人の解散若しくは同項第十六号に規定する内国法人の合併に係る同項第十一号若しくは第十三号から第十六号までに掲げる所得又は同条第二項第三号から第七号までに掲げる不足額については、なお従前の例による。」

というものであって、

(三) これを有価証券の譲渡について要約すると「昭和六四年(平成元年)三月三一日以前に行われた第一条の規定による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という)第九条第一項第一一号に規定する有価証券の譲渡に係る同号に掲げる所得…については、なお従前の例による」旨規定され、右附則三条は右附則二条に言う「別段の定め」に当たるから、旧所得税法九条一項一一号の規定については附則三条が適用されると解される。

(四) 右のとおり法一〇九号附則二条(基礎控除、税率変更等)及び同三条により、本件事犯対象年度の所得税(附則三条に挙示された諸規定はいずれも非課税所得に関するものであるから、所得税とせず、所得と規定されたものと思料する)については従前の例によるのであるから、本件事犯の所得税そのものについては改正前の所得算定規定が適用され、高額の所得ひいて高額の所得税が課税される。

同附則には右のとおり所得税ないし所得についての経過規定はあるが、いわゆる罰則についての経過規定はない。

8 税法において、税額の変更を伴う改正があった場合の罰則の経過規定

直接税中所得税について弁護人が調査したところでは、資料が不十分なので確定的ではないが、罰則の経過規定については区々で、直接の罰則そのものに改正がなく税額の変更のみの改正の場合と(判断される)のに、罰則についての経過規定があるのは

昭和三八年三月三一日法律六六号附則一二条

同 四二年五月三一日法律二〇号附則二一条(条項変更あり)である。

右四二年の附則は、刑に実質的変更なく、条項のみ変更した場合であるが、法令の適用上経過規定を設けたというのであれば、刑の変更があると、必ず経過規定を設けるべきであると立法者が判断していることの証左となる。

間接税については、税額に変更のある改正のみで罰則に変更がない場合でも、いわゆる罰則の経過規定はすべておいている。

右法一〇九号においても、罰則にかかる経過措置として、附則四五条において酒税法に関し、同五三条においてたばこ税(旧たばこ消費税)に関し、同第五六条において石油税に関し、同第五八条において取引所税に関し、同第六一条において印紙税に関し、同七七条三項において物品税に関し、同七八条三項において砂糖消費税に関し、同七九条二項において印紙税に関して、同様経過規定がおかれており、そのほか同八八条、同九七条、同一〇三条も同様である。

9 本件において刑法六条の適用を要する理由

国税当局や検察官は、法一〇九号に所得税法についての罰則の経過規定がないことを指摘されるや、同号による改正があっても、同法附則二条の規定によって、昭和六三年分以前の所得税については、従前の例による、とされているから、同年以前の所得税はその当時の税法により計算された税額に基づくほ脱税額が罰金刑の上限となるので差支えない旨弁解し、裁判所もたやすくこれに同調したのが、原審及び第一審判決であるが、これら判決は右前記各判例にも違反するのはもとより、右附則二条及び三条があって、罰則についての経過規定がないからこそ、刑法第六条の問題が生ずることを看過したことに基づくものである。

すなわち、右附則二条、三条があるので、同六三年以前(有価証券譲渡益については同六四年三月三〇日以前、以下同じ)の所得税については、各当時の税法による所得税額となり、法一〇九号の改正による同六四年以後の所得税額よりも高額となるのであって、ひいて、犯罪時の罰金の上限額より裁判時の罰金の上限額が低くなり、罰金額に変更を生ずるのである。

したがって、改正前の罰則を適用するためには、右附則二条、三条のほかに罰則についての経過規定が必要となるのである。

三 このことは、織物消費税に関する昭和七年四月一日言渡しの大審院判決とも矛盾するものではない。

右判決は「改正法施行前に消費税を課すべき織物等については、従前の例による」旨の附則があった場合に関するもので、消費税だけでなく、右織物等についてのすべての規定(罰則を含む)についての経過規定があった場合に関するものである。

四 なお、右法一〇九号の規定により算出される現時点の被告人の脱税額は前記のとおり極めて僅少のものとなる以上、刑の量定は罰金刑のみならず自由刑についても新法による脱税額を基準とすべきものとなる。

五 以上のとおり、原判決は、法一〇九号により、被告人の所得の大部分を構成する株式売買による所得及び税率等につき規定が改正され、右改正法によると被告人のほ脱税額は著しく減少し、ひいて犯罪後の法律により刑の変更があったから刑法六条を適用し、新旧両法の比照をして、軽い改正後の法律を適用すべきであるのに、法令の解釈、適用を誤ってこれをなさず、特に罰金刑については法定刑を超過する判決をなし、ひいて憲法三一条、八四条及び前記最高裁判所の判例又は控訴裁判所たる大阪高等裁判所の判例に違反しているのである。

以上

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